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巨大組織に巣食う”ゴースト”を現場から退治する

「松下電器」ゴーストバスターズ作戦の異彩

●『時短の強化書』利益を下げずに個人にゆとり
     週刊ダイヤモンド (1994年2月十15日号 特集)


 巨大なマンモス企業・松下電器は、生き残りを賭けた自己蘇生を行おうとしている。"年間総労働時間1800時間"と"24時間フルタイムサービス" 双方の実現を図る"MIT93"という全社運動もその一環。しかし、なんとも異彩を放つのは間接部門の時短と業務改革で小人数で大きな成果を上げる「ゴーストバスターズ」作戦だ科学的なアプローチで、5つの「なぜ」を発しながら、経営問題にまで攻め上がる支援を要請する事業現場が熱い視線を送る

  松下電器のゴーストバスターズ作戦をご存じだろうか。これはアメリカのSFX(特撮)コメディー映画「ゴーストバスターズ」をネーミングの由来とする。映画はゴーストバスターズ(幽霊退治屋)が、破壊神ゴーザとの死闘に勝ち、ついにニューヨークを破壊の危機から救う物語である。
  松下のゴーストバスターズたちは、間接部門である経理スタッフの業務改革を支援し、現場に飛び込んで松下の危機を救うために、共に闘うことを使命とする。
  ここでいう"ゴースト"とは、経理社員をはじめとする松下の社員が忙殺されている原因や、総労働時間1800時間の達成を阻むすべてのものを指している。したがって、業務改革や情報システム化を阻んでいる長年の積もり積もったアカ。松下特有の事業部制のセクショナリズムなどの欠点も、巨大組織のあちこちに出没するゴーストということになる。
  それらを「バスターズ」たちが、コンピュータなどの最新の武器やシステム思考といったノウハウで、現場の各事業場の人たちと一緒になって、ゴーストの正体を解析し、退治していくわけだ。


ポイント1
 現場を巡回して改革の支援を行う本社派遣部隊を作った

  まず、松下電器の経理が置かれた特殊な位置について説明をしておこう。同じ経理でも、一般の会社のそれとはかなり内容を異にしているからだ。松下の場合は経理処理だけではなく、「経営管理」に主眼がある。独立採算色が強い事業部に駐在して、本社の神経系の役割を果たしているともいえる。
  当然のことながら、すべての情報は経理に集まる。それだけでなく、社長の決断や製品開発、販売のそれぞれの結果が、1枚 1枚の伝票として、支払いを行ない、売上げを確定し回収することで完結する。つまり、事業の全工程が経理の事務にしわ寄せされてくる。
  だから松下の経理社員は、国内だけで総勢2500人もの大部隊でありながら、1人当たり総労働時間は年間2400時間にも達していた。肉体労働を重ね、残業と後追い作業に追われていては、さすがの松下の神経系も摩耗してしまう。
  そこで、間接業務の効率化を果たすことで、創造業務を充実させ、肉体労働を頭脳労働に切り替え、ゆとりを生み出し問題の先取りにつなげる。官僚化した経理ではなく、「魅力ある経理集団」に脱皮する。それが、経理担当の平田雅彦副社長の最大の懸案事項だった。もう1つの大課題は、事業部や職能の壁をどう乗り越え、オール松下の総合力を発揮できるようにするが、ということだった。
  平田副社長は、経理がそのためのカギを握っているとみて、「経理は経営の仕組みを変えるブルドーザーになれ」と、持論を掲げる。それが88年から助走が始まり、90年3月から本番化した「90年代に通用する経理」を標傍する「VISION'90」である。新しい経理制度の構築と「仕事ができる人がコンピュータを使うための」グローバルな情報システム。こうした経理の問題意識とインフラの整備の過程から生まれてきたのが、ゴーストバスターズだった。
  新しい業務改革のうねりのなかで、熱意があり方向性もわかった現場であっても、実際に改革の作業をどう進めたらいいかがわからない。現場だけで解決できない問題も多い。そこで、現場を巡回して改革の支援活動を行う派遣部隊をつくることになった。
  特に経理は、その性格上、各部門の仕事と多岐にわたって密に絡まっており、全体をうまく効率化しないと、結果として経理そのものの効率化につながらない。その意味で、経理の時短は、経営体質そのものの革新を究極的には要求することになる。


ポイント2
 ナゼを5回繰り返すと、必ず問題の本質に行き当たる

  90年6月から本格活動に入ったゴーストバスターズ(本社経理部システム企画グループのメンバーで構成)が、その第2チームを首都圏 HALS支店に派遣してきたのは、90年11月のことだった。
  松下電器の首都圏 HALS支店は、年商1400億円、社員数517人、経理社員だけで40人という常業部門としては最大級。しかも建築設備業界に商品を卸しているため、電機、住設、建材、ガスなど多様な取引先を擁する。家電のような単品売切りではなく、客のニーズに合わせた商売が要求される。
  首都圏 HALSの中島孝雄経理部長は「お客に喜ばれる営業体制づくりをするには、保守的な経理では役に立たない。お客が何を求めているかまで知って、改革を実行しようとしていたが、気持はあっても事は簡単てはなかった」と述懐する。そんなとき平田副社長直轄の支援部隊、ゴーストバスターズの話が舞い込んだ。
  本社の松田基経理部長は経理の元締の立場として「経理が魅力のない職能になりかけているのではないか。モラールの上がらない仕事から解放して、もっと創造的な仕事を」と常日ごろから主張していただけに、「君の部下だと思って使え」と全面的に支持している。
 首都圏HALSとしての負担は、ゴーストバスターズのチーム4人の机と電話だけだった。別の会議室などに用意するのではなく、大部屋で職場の雰囲気を肌身で感じながら、議論が始まった。
 ゴーストバスターズの、"システムズアプローチ"は、簡単にいえば「なぜ」を5回繰り返すことで、問題の本質をつかんでいく。まず素直な心で、「なぜ」と問う。すると理由が出てくる。最初は業務的な理由が出る。また「なぜ」と問うと管理的な理由が出てくる。さらに「なぜ」と問うと経営的な理由が出てくる。
  こうして「なぜ」を繰り返していくと、商売の流れが悪いのか、情報の流れがまずいのか、物流に問題があるのか、具体的な事実に必ず行き当たる。その本質には、商品の力が弱いのか、営業が弱いのか、経営の判断に問題があったのか、まで明らかになっていく。
 現場には具体的な事実を明確にして説得し、あるべき姿のイメージ合せをやっていく。「モグラ叩きのように、いろんなところにモグラは出てくるが、全体を見ながら、どの部分に大きなゴーストが潜んているかを、ウエートの高いものから順番に詰めていく」(ゴーストバスターズのメンバー)。その体系的アプローチが重要なのだ。単に現場の業務をマニュアル化し、機械化して効率を上げるのではなく、業務、管理、経営と3つのレベルに区分けし、なるべく上のレベルて、解決をし、経営全休がよくなるかたちにもっていく。

ポイント3
 現場の痛みを背負えば、処方箋は取引先の時短まで考えるものとなった

 さらに間接部門の場合難しいのはいろいろな考えを持った多くの人に、共感を与えながら自分の問題として巻き込み、参画をしてもらうことが不可欠と言う点だ。
 イメージや価値観が各自で違うだけに、すべての現場に足を運び、例えば単価が違うときに(拡売費などが入って違ってくる)なぜ違うのかを克明に聞き出していく。食違いを整理して、問題の本質はどこにあったかを明確に浮き彫りにする。その上で全員にその事実を認識させ、納得してもらう。せっかく改善案を出しても理屈だけと言う捉え方をされれば、現場には根付かないからだ。わかりやすくビジュアルに問題を提起して二度とゴーストが出ない仕組みを作っていくことが肝要だ。
 例えば売りが伸びないと、営業が責められるが、商品単価の付けかたが間違っていたこともある。生産がスムーズでないと工場が責められるが、部品の調達が間に合わなかったのかもしれない。コストを詰めろと経理が責められても、積極戦略が裏目に出た過剰投資が原因かもしれない。事実を正しく分析し、象徴的な事実を突きつけて認識してもらうこと。それには現場の人たちにいかに信頼してもらうか、その期待に応えて、経営判断に問題があった場合には、綿密な事情調査を積み重ねて具申するところまで詰めていく。
 首都圏HALSの場合は、事務処理が膨大だった。請求と支店の仕入れ金額が合わないとか、物は送ったが着いていない、といった「違算」が多かった。「拡売費」の処理業務も多く、しかもその金額とタイミングが、事業部と支店とでズレが起きるために調整業務に追われる…・営業と経理の現場は、その度に前向きでない確認作業を行ない、残業を重ねることになる。
  ゴーストバスターズは、首都圏HALSでは、80もの事例を挙げて、その1つ1つについて商売の流れ、情報の流れ、物の流れにかかわる全事業場、代理店や得意先にまで出掛けていって犯人探しを行なった。こうして問題点を3つに整理している。
  実務レベル―記入ミスの類。
  管理レベル―情報システムや物流など管理の仕組みが悪い。
  経営レベル―経営方針の問題。情報システムのつくり方のポリシーや拡売費のあり方など。
  これらについての処方箋を、得意先も含んだ効率化につながるように(拡売費をシンプルに、仕入れ照合をわかりやすく)描き、本社や事業部にも問題提起を行なっている。「どういう仕事の仕組みがお客に喜ばれるか、を一緒になって考えてくれたから、現場のマインドそのものが上がった」。残業時間も目に見えて減ってきた。
  中島部長は、ゴーストバスターズを「天からの恵み」と表現する。「彼らとの仕事は、自分の一生の思い出」と最大級の称賛を惜しまない。内部のロスを減らし、そのエネルギーを客と自分たちの成長のために使う。会社のなかの人が会社を変えていく。その実感が得られたことがうれしいのだ。
  時短への取組みは、業務改革なしにありえないことを、ゴーストバスターズは明瞭に示している。

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