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第5章システム思考

5-1 ある事業場の改革の事例

 上の図はある事業場で実際にあった実例である。アメリカの販売会社から受注データをもらって、それを各事業部別のデータに区分けし、送り直している海外本部での業務改善の事例である。

  実は、この海外本部の担当課長、以下のように必死に叫ぶのである。

  課長「とにかく聞いてください。大変なんですよ。うちの仕事は。」

  著者「はー、それでどんなお仕事なんですか?」

  課長「はい、アメリカからFAXをもらってパソコンに再入力し、さらにまたパソコンから出てきたアウトプットをFAXを事業部に送って・・」

  著者「そうなんですか。大変ですね。ところで、FAXを送ってくれるアメリカではどんなお仕事をされているんですか?」

  課長「はい。かくかくしかじかで・・・」

私は聞いたままを順番に黒板に漫画にしていった。

  著者「そうですか。それでは今度はFAXを受け取った事業部ではどんなお仕事をされているんですか?」

さらにまた、私は聞いたままを順番に黒板に漫画にしていった。

そしてついに全貌が見えるにいたって、青ざめた課長は職場の全員を急いで呼び集めて叫んだのだった。

  課長「なんだ、われわれの仕事は世界中で再入力の山だったんだ。

   これはなんとかしなければ・・・」

5-2 問題解決の盲点は物の見方・考え方

  実はこの話はここだけの話ではなく、驚くことにそこらじゅうのオフィスでにたような現象が起こっているのである。これには実は問題解決をするときにわれわれに共通の盲点を意味している。それは以下の3つのポイントである。

(1) 全体を観る

  システムは必ず部分と全体から成り立つ。この課長のようにまず自分の会社、自分の部門のことだけしかみえず、全体的視野に欠ける。そのことで問題の構造の大きさや本質が見えない。

(2) 相互の関係を観る

  組織も一つのシステムとして成り立っているので、必ず部分と部分の相互の関係がある。もし、この点に気がつけば、アメリカの販売会社で入力したデータの活用という点に着眼できるであろう。

(3) 目的を観る           

  仕事や組織などのシステムには必ずそれなりの機能(ミッション)、目的がある。もしこの海外本部の仕事の目的が販売会社からのデータを事業部に区分けして伝送するのであれば、直接事業部に送る方法もある。

  上の3つのものの見方考え方がシステム思考の3つのポイントである。

5-3 西洋近代合理主義の限界

  最近、「病院で貰う薬の種類がやたらに増えてきて、何がなんだか分からなくなった。それに、たくさん飲むわりには一向によくならない。」とこぼす人によく出会う。どうして、このようなことが起こるようになったのでしょうか? よく「現代人はストレスの塊だ。」と言われる。精神的問題から、心臓病や胃痛、頭痛、肩凝り等々の疾患を起こすことはよく知られている。しかし、はたしてそれだけだろうか?

  晴れた日には、東海道新幹線の中から、くっきりと富士山の美しい姿が見られる。裾野を広げたその雄姿には、誰もがしばし目を奪われるものだが、実は私たちは単に富士山のほんの一面しか見ていない。

裏側からの富士山、あるいはヘリコプターなどで空の上から噴火口を見下ろした時の富士山は、新幹線の中から見ることはできない。つまり、一面的な見方だけでは全体を見たことになりませんし、また見ようにも見えない「死角」という部分があります。

  もし仮に、病院の先生たちが共通して見ている見方そのものに、この「死角」が存在するとしたらどうだろうか? 表面的には、どこの病院でいくら検査をしても異常は発見されないが、その「死角」の部分では確実に病巣が存在し、それが大きくなっている恐れもあるわけである。

  実は、この病院の先生が共通して持っているものの見方、つまり西洋医学という「パラダイム」が一つの壁にぶち当っているということは、最近よく指摘されているところである。

(1)パラダイムシフト

  この「パラダイム」という言葉はあまり耳慣れないかもしれないが、実は1963年にT.クーンが言い出した言葉であり、ある同一の時代、同一の集団で共通して持っている思考のパターン、枠組みのことを「パラダイム」という。

  彼は、このパラダイムという言葉を使って、16世紀以来我々が見てきた、ものの発想、思考パターンなどのパラダイムでは、今地球上で起こっているいろいろな問題や事象は、もはや解決できなくなってしまっていると言う。そして、このパラダイムを新しいパラダイムに変えていく、要するにパラダイムをシフトしていくことが、こうした課題を解決する方法だと言っている。そして今までのパラダイムは壁にぶち当たり、崩壊しかけているのだというのである。

  これは、何も難しい学問的な領域のことだけに止まらない。われわれの問題解決の世界でもこのパラダイムシフトが求められている。先ほどのアメリカから送られてきたFAXを処理する業務はその典型である。それでは、この発想の特徴はどのようなものだろうか?

1)要素還元主義
 あらゆる事象、物事は、さまざまな要素から成り立っており、どんどんと細かい要素に分解していくことが出来る。しかも、どこかに問題が発生した場合、その悪さ加減を除去し置き換えることで、全体的な問題も解決出来る。

2)分析主義
 どこに問題があるのか、何が真実なのかは、どんどん細かく分析していって初めて唯一絶対の真実が見えてくる。

(2)企業における問題点

  さて、こうしたこれまでの発想は西洋近代合理主義とよばれるもので16世紀以来、科学革命、産業革命などを経て、みぞうの科学技術文明を発展させてきたパラダイムであった。しかし、この思考方法には今日いろいろな場面でその思考方法の行き詰まりが出てきた。先ほどの西洋医学の限界というのもその一つである。また、最近大きくクローズアップされている環境問題などもその一つといえるであろう。

  会社組織でも同じような問題を抱えていると言えるだろう。創業時とは異なり、組織も何万人というような規模になると、どうしてもそこで働いている人たち一人ひとりが、全体を見ながら個々の役割や機能を認識しつつ、他の部門の人たちと適切な関係を保っていくことが難しくなってくる。

  技術開発・製造・販売・勾配・品質管理・生産技術・人事・総務・経理・企画などの、それぞれの職制・部門に分けられさらにまた、それぞれの組織がさらに細分化されて行きます。経理部・経理課・一般会計係・出納担当というように、どんどんと細かく要素毎に細分化されていく。

  そして、一人ひとりはどんどん小さなタコツボに入っていって、お互いが何をやっているのか分からなくなる。全体も見えなくなる。そのためにお互いが理解できず対立が起こるのである。

  例えばなにか問題が起こると、どこにその問題があるのか、その部分を洗い出し、その部分を処置しょうとするのである。売上が計画通りいかなければ、営業部長を呼び出し、「なぜいかないのか、もっと頑張らないか!」と詰める。利益が出なければ経理部長が出され、「どうしたんだ、コストの切り詰めろ」と言われる。生産計画通りに生産が進まない場合は工場長を呼び付け、「どうしたんだ、がんばらないか、たるんどるぞ。フル稼働で生産してくれ。お客は待っているんだぞ。」と詰める。

  売りがいかないのは、商品の企画段階で他社に負けていたとしても、また利益が出ないのは、トップ自らの積極戦略が裏目に出て、過剰設備投資ゆえに利益が出なくても、また生産計画通りにいかないのは、購買部の腕利きが長期療養でいなくなり、部品の調達がうまくいかなかったとしても、すべて攻められるのは、直接的な営業部長であり、経理部長であり、工場長という担当責任者というわけです。

  これは、組織全体が見えなくなり、問題の因果関係、組織相互のつながりがまったく見えなくなり、根っこの課題が何かがつかみ切れなくなっているのである。そのために、当該担当責任部署は、単に自分たちの力の及ぶ範囲内での問題解決しか行なうことができなくなってしまったのです。

  そこで、新しい時代のパラダイムとしての「システム思考」とそれを用いた問題解決手法、システムズ・アプローチが有効になる。

5-4 システム思考 〜 東洋思想と西洋思想の融合 〜

  「システム」という言葉は一般に「体系とか仕組あるいは各々の要素が集まった全体」という意味であり、狭義では販売管理システムですとか、受発注システムといった情報システムさす言葉である。「システム」という言葉は、確かに巷にあふれています。

  しかしここでいう「システム思考」というのは、日頃使っている「システム」という言葉とニュアンスが異なる。これは、「すべての物事をすべてシステム的に見よう」という一般システム理論という発想を源としている。

  ちなみに、道を歩いていて子供たちが騒いでいるのを見て、それを「あれはシステムだ」と言うだろうか? あるいは、海岸へ行って蟹の群れが移動しているのを見たとき、「あれはシステムだ」と言うだろうか? 空から雨が降ってきたとき、「これもシステムだ」と言うでしょうか?

  システム思考のベースとなっている一般システム理論では、まずこうした世の中の一切をシステムとして共通の見方で見ていこうというのである。

1956年に経済学者のボールディングが書いた「一般システム理論 ? 科学の骨格」という著作で世の中に存在するシステムを下図のように9つの階層から捕えている。

  我々が日ごろ用いている「システム」というものは、非常に体系化され、整然としていて、一種の「機械仕掛け的」なものをシステムと呼んでいる。要するに、時計とか、テレビとか、制御機械とか、そういったハード的なものをシステムとよんでいるのであって、会社とか、労働組合とか、国家とか、人間の体とか、環境とか、動物の群れとか、宇宙とか、あるいは原子構造とかいったものを「システム」と呼んでいるかというと、そうではない。これに対して「システム思考」では、こうした非常にソフトであり、複雑でファジーなものまで、世の中にある一切のものをシステムとして捕えるのである。そして、こうしたシステム思考を用いて、問題や課題に取り組み、アプローチし解決していくやり方を、「システムズ・アプローチ」と呼んでいるのである。

(1)地球は丸いか?(システム思考の有効性)

  今、あなたが5歳の子供から、「地球はどんな形をしている?」と聞かれたら、どのように答えるだろうか? ある人は「地球はね、丸い形をしているんだよ。」と答えるだろう。

  今度は同じ質問を中学二年生から聞かれたとしよう。今度は「地球は楕円形をしていて、地軸を中心に北極と南極の間の距離よりも、赤道の周りの方が少し長いんだよ。」と答えた。

  次に、地学を専攻している大学生が聞きにきましたので、「確かに近似的に見ると地球は楕円形と言われるか、しかし、その表面をより詳しく見ると、マリアナ海溝のような非常に深い溝になっている部分もあれば、エベレストのように表面に高くそそり立った部分もあるので、凸凹だな。」と答えたとしよう。なぜ、同じ質問をされて答えが三種類もでてくるのだろうか? 一体どれが本当の答えなんだろうか?

  結論から言いますと、どれも正解と言わなければならない。つまり見方によって、丸であったり、楕円であったり、凸凹であったりするわけである。ところが、この場合の問題は、質問された相手の年齢がたつにしたがって、より分析的に答えていったわけである。

  いずれの見方も各々正しいのであるが、ここでの問題点は、最初の「地球は丸い」という単純明解な真理から遠ざかっていって、重箱の隅にばかり目が行ってしまうことになります。つまり、分析が進めば進むほど「地球は丸いんだ」という単純な真理から遠ざかってしまうのです。つまり地球というもの全体を捕える視点が、どんどん欠如していくということになる。

(2)システム思考の特徴とは?

  それでは、このシステム思考を構成する特徴について述べたいと思います。それは、大きく分けると以下の3つから成り立ちます。

  @システムの目的

   あらゆるシステムは、目的(価値・機能)を持っている。

  Aシステムの機能と全体性

    システムを構成する部分は、システム全体の機能の一部の機能を担っている。

  B部分間の有機的相互関連

    システムを構成する部分と部分には、お互いに有機的な相関関係がある。

(3)システムズ・アプローチの特徴

  今までの思考法による問題解決に対して、システム思考を用いたシステムズ・アプローチでは、要素と要素との間に絡む相互の因果関係を明らかにしたり、要素ごとにぶつ切りにしてしまったために失われた全体間を取り戻し、システム全体が一体何のために存在するのかという目的や意味を、全体観の中から改めて捕えようというものであり、「多面的見方・長期的見方・根本的見方」を特徴とする東洋思想の考え方を基盤にした問題解決といえる

  多面的見方  鳥瞰図などを使いることによって色々な立場の人たちの見方を多面的にとらえ、それを全体的視野でビジュアルに捕える

  長期的見方  本来の目的を明らかにし、長期的なあるべき姿をつかんだ上で、現実的な問題解決策を作り出す

  根本的見方  ナゼナゼと問題を源流にまでさかのぼり根本的な課題をつかんで問題解決を行う

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